2012年7月26日木曜日

編集痕

宗教はいつの時代でもそうなのだろうか?苛烈な宗教改革の波を掻い潜って来てる様なのだ。それはユダヤ教とて同じ事だったのではないだろうか?どこでそれが解るだろうか?宗教改革はそれ迄の否定を込めている筈ですから文書的には従来の表現を殺さず生かさずの編集をしながらどのようにか新たな主張をしようかと編者は工夫してる筈でしょう。
その代表的な例として神名があります。神名はElohimやYHVH等いくつかの言い方で表れて特にElohimとYHVHは文法指標の数が一致しない等の錯綜があります。何故そうなのかは謎としか言いようがなないのですが、ひとつの推論としてトーラーの存在意義から考えて、これに合理的な説明をする事は狭い解釈に押込めかねないと考えます。即ち、Elohimの複数形は尊厳の複数だ等の説明はヨーロッパの言語事情を説明するために提出された概念で単なる思いつきと言うしかありません。/続く

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